鋸山美術館の10年を振り返る。荘厳な自然が生む研ぎ澄まされた創作の世界へ
旅にスパイス①インタビュー 鋸山美術館 鈴木裕士館長
鋸山のふもと国道127号線に面して房州石のレリーフが印象的な建物があります。お気づきでしょうか。2010年に金谷美術館として地域の芸術文化交流拠点として発足し、さらに2019年、より身近で広域的な美術館として活動すべく鋸山美術館に改称し、10周年を迎えることとなりました。
開館以来、東日本大震災や昨年の台風被災、コロナ禍を経験する多難な船出の10年でしたが、芸術を通して地域のまちおこし事業を推進してこられた館長の鈴木裕士氏にこの10年を振り返っていただきました。
#ネイチャーミュージアムから生まれた鋸山美術館
2010年の開館から10年が経ちました。地域の皆様に支えられたおかげです。鋸山美術館を作る目的は、当初は地域文化の集積と醸成でした。もともと鋸山は信仰の山で、芸術を愛する人々が時代時代に行き交っていました。鋸南町側の東南斜面には、「乾坤山日本寺」がありますが、この寺は奈良の東大寺を建立した聖武天皇の命により行基が725年に開山した関東最古の勅願所です。当時未開だった関東の中心がここにありました。ランドマークの鋸山の霊力を背景に奈良と関東の人々が行き交う場所になりました。平城京の文化がここから関東・東北へ伝播して行ったのだろうと思います。
江戸時代には、浮世絵に描かれる風光明媚な観光名所として、江戸っ子の憧れの観光地にもなっていました。浮世絵の創始者である菱川師宣も風光明媚なこの地で育ち、美的なセンスを養っていたのだと思います。広重や小林一茶、正岡子規や夏目漱石などの文人墨客も訪ねた地で、東山魁夷が鋸山を海岸から描いた「晩照」という作品を発表し、画壇を大きく揺るがしました。1955年、第1回現代日本美術展で佳作賞を受賞し、画家としての基盤を築いたのは有名です。山裾に漁村があり、海が見える金谷の街ですが、魁夷は、あえて鋸山の山肌にあたる夕陽にモチーフを当て、その荘厳な夕暮れと静寂に美を見いだしてくれました。
アーティスティックな環境の中で、2007年に石切りの歴史と文化を残し、石と芸術のまちのテーマとしての「鋸山ストーンコミュニティー」が誕生しました。房州の石の文化を残す活動を始め、学術関係者の他に美術愛好家の方々との出会いで美術品寄贈協力の申し出を受けたことから地域活性を目的としたみんなで作る美術館をこの地に作る構想に発展していきました。
2010年に美術館が開館しました。長い間空き家だった合掌造りの古民家は資料館として再生、現在カフェとして生まれ変わり、2011年には、ホテル跡地に新進気鋭のアーティストが集い「KANAYA BASE」が生まれました。多くの若い作家が集い、ここから旅立っています。そんな風土が10年続いてきた基礎にあります。
金谷の自然の魅力は、山と海の森羅万象の美しさです。海の青と空の青、風のざわめきと流れる雲、雲間から海面に注ぐ光の筋、刻々と色を変えてゆく夕陽が富士山をシルエットに浮かばせる。風景がダイレクトに語りかけてきます。厳しい自然環境なのですが、自然の一瞬がのぞかせる美しさに、誰もが息をのみます。まさにアーティストを刺激する場所なのだと思います。ラピュタの壁と見間違う日本最大級の石切り場の遺構と自然を、私は「ネイチャーミュージアム」と呼んでいます。
#海外交流事業も安房の活力に
今まで行った企画展はすべて私たちの財産になっていますが、地域の作家に支えられる企画展がやはり嬉しいことでした。安房や上総、千葉県の作家を知っていただけることや、地域の作家の表現活動の場として機能することは、この美術館の理念からも未来にわたって恒久的にやっていくべきことです。
海外文化交流事業では、これまでスウェーデンやスイスのアーティストとの交流をしてきました。アートで結ばれた表現の絆には、言語はほとんど必要ありません。世界では芸術が教育の基本にあることをまざまざと感じさせてくれました。芸術教育の素晴らしさを広めたいと考え、2018年からの取組としてMOA美術館や教育委員会と協働で子供たちのために「富津児童作品展」を始めました。将来的には、この地域全体の作品展に成長し子どもたちの豊かな感性を育てる一助になればと思います。
千住博先生の作品展も印象的でした。一流の作品を小さな美術館ならではの距離感でゆったりと鑑賞することは、大きな企画展では味わえない美術鑑賞の醍醐味を強く深く感じさせてくれました。多様化する世の中で、テーマを絞った企画展が行えるのも小さな美術館の使命ではと感じました。美術鑑賞の本質を知る機会をこれからもどんどん発信していきたいと考えています。
#ネイチャーミュージアムとして、美術館が未来に果たす役割
金谷の街は、東京湾フェリーの就航地で鋸山や安房エリア、三浦エリアの観光の入口としての観光拠点でもあります。昨年の台風15号、19号でこのエリアは甚大な被害を被りました。いまだにブルーシートの家屋が残っています。さらにコロナウイルスの自粛要請も重なり、安房エリアの観光産業は深刻な不況に見舞われています。そんな中で美術館が果たす役割もますます重要になってきています。観光のスタイルもアフターコロナの時代にどんどん変わるようになるのではと思います。大型観光バスで行く観光事業は、もう当分ないのかもしれません。個人がゆっくりとストレスを癒すことが旅のメインになるようです。
密な環境を避けるための旅行に、静かな美術館でひと息つく。そこは自らを取り戻す茶室のような空間になるのではないでしょうか。一服の清涼としての作品との対峙です。作家の作品を通して、自己を見つめ考える空間です。森羅万象のネイチャーミュージアムの一部として、作家や自然との語らいの場としてお役に立てればと思っています。
昨年6回目を迎えた鋸山美術館コンクールは、若手新進作家の登竜門として年々評価が高まってきました。過去6回のコンクール受賞者の皆さんは、美術界でそれぞれ注目され活躍しています。第7回目のコンクールは、残念ながらコロナ禍の影響で、来年度に延期することとなりましたが、美術界に鋸山の風が吹けばと願っています。
どんな困難も自然界から学んだ人類は叡智で乗り越えてきました。荘厳な自然を感じながらの創作活動や芸術鑑賞が、新たな生活様式の一部になればと思います。光と風の美しい場所で芸術に触れることの喜びをこれからも感じていただけたらと思っています。ぜひ、ネイチャーミュージアムとしての鋸山美術館へお立ち寄りください。
公益財団法人鋸山美術館
所在地 千葉県富津市金谷2146-1
連絡先 0439-69 -8111
開館時間 10:00~17:00(最終入館は30分前まで)
閉館日 火曜日(祝日の場合は翌日休館)、展示替え期間(その都度お知らせします)、年末年始。
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