2020-10-18

鋸山の名称について

「ノコギリの テーマパークは 江戸の華」 鋸山山人

鋸山が日本の歴史上の書物に最初に著されたのはいつごろなのでしょうか。徳川光圀(水戸黄門)甲寅紀行抄に「明金が崎にて 山も石も皆 南と北と 両方に傾き向かふなり これによりて 両国の境界は自ずから 分るるなり・・・」黄門さまが地層の傾きを著した文章が1674(延宝2)年に残されています。

江戸時代にはすでに観光地化されて、初代歌川広重の「不二三十六景 安房鋸山」や二代歌川広重「諸国六十八景 安房鋸やま」などに描かれ、江戸と木更津の定期航路で観光客がやってきていたそうです。

1486(文明18)年に道興准后が著した「廻国雑記」に鋸山の文献が残っている。「此所より右の方に、鋸山といへる山あり 峯の嵐に雲晴れて、あからさまに其の嶺みゆ 段々ありて、誠に鋸の様になむ侍れば」室町時代には、すでに鋸山の名称が確立。安房側から見る山容は、今も昔も確かにノコギリです。因みに上総国(金谷側)では上総山と呼ばれていたのだとか。

文じいの鋸山逍遥 003「鋸山の名称」

 

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