2020-08-22

現代芸術の巨匠に出会う旅

旅の醍醐味には、人との出会いがある。私たちをより孤独な世界へ導くコロナの時代に、出会いが私たちに新たな価値や喜びをもたらせてくれます。感じることのできなかった時の流れや風のそよぎ、太陽の輝き、雲の流れという自然の表情は、コロナ禍の社会で大きな癒しや安らぎを与えてくれます。

孤独なコロナの時代の新たな旅のテーマは、未知の自分発見ではないでしょうか。新たな生活様式を模索する時、出会いが私たちの新たなコミュニケーションや未知の価値観を育みます。安房・三浦エリアは東京湾を介して古来からアーティストの往来も多く、そんな人々との出会いが心を豊かにし、自分を発見することになるのだと思います。

教会のような佇まいが魅力です

#1コロナ時代の世界で

非常事態宣言が発出され、自粛が続く日常は、自分自身が何者だったのかを問う毎日だったのではないでしょうか。「コロナウイルスとは何であるのか問うた時に気づいたことは、近代の産業資本主義のもたらしてきた豊かさが生み出した幻影ではないか」と現代美術家の若江漢字(かんじ)氏は語ってくれました。「地球環境崩壊が進む現実に、突如現れたウイルスが破壊される環境にストップをかけた」とも。

自粛要請期間の空は透き通り、空気が澄み切っていました。今年で開館26年目を迎えた横須賀の「カスヤの森現代美術館」には、コロナ禍以前から、この問題提起を発信する作品が常設展示され、今また注目されています。

静寂のひとときが庭園にも

#2心の旅、そして対話する空間

さらに「新しい生活様式にソーシャル・ディスタンスの概念が加わりました。行動に一定の距離を保つことですが、思考においても一定の距離を置くことで、新しい価値や判断が生まれます。そんな生活様式にぴったりな場所が美術館なのではないでしょうか」と語る若江さん。どうやら、旅のアクセントに時空を超えて作家の生きた時代や作家の思考と対話する美術館に、立ち寄ることがコロナ以後の旅の新たなトレンドになりそうなお話です。

「マスコミの企画し、集客目的の大規模な企画展ばかりの美術展は、絵画との対話もままなりません。一瞬観たことに満足するだけの鑑賞になりがちでしたが、コロナ以後の美術館では、入場制限などもあり、本来の作品との対話の環境が新たに生まれています。絵画に託したメッセージや学びが必ずあります。創作の原点にはメッセージが込められているからです。作者が何を伝えたかったのか?歴史的な背景は?なぜ引き止められるのか?作家の内省にまで遡る心の旅が美術館の魅力になっています」とも。

著名な作品を観ただけの空虚な満足感よりも時代を超えた作家との出会いをコロナ禍以前から実践してきた「カスヤの森現代美術館」は、そんな芸術本来の楽しみを体験できる美術館です。

#3芸術家の使命

「カスヤの森現代美術館」は、現代美術家の若江漢字(かんじ)さんと館長の若江栄戽(はるこ)ご夫妻が運営する私設の美術館です。1975年、漢字さんはドイツのギャラリーで個展を開催することになりました。ギャラリーのある街は、横須賀市と同規模の街でしたが、その街には美術館やオーケストラ、サッカーチームがあり、文化的な格差に驚くと共にある芸術家との出会いが、若江夫妻に衝撃を与え、横須賀に美術館を築くきっかけを与えたのだそうです。

準備期間を経て、その作家のコレクションが始まり、26年前の1994年に美術館開館の夢が実現したのだそうです。

ヨーロッパの教会をモチーフに建設された「カスヤの森現代美術館」。それは若江夫妻が1970年代に訪ねたヨーロッパの美術館のイメージからでした。

「美術館は、教会と同じように、人々がいこい、休息し、作品と語らい、自己を見つめるコミュニケーションの場所になっていました。毎週日曜日に宗教芸術を観て賛美歌を歌い、いこい、休息し、自己を見つめていた教会という施設から、芸術家の様々な表現活動が展示される美術館へ時代が大きく動いていました」と当時を振り返り栄戽(はるこ)館長が語ります。

「1950〜1970年代のヨーロッパは、暮らしや行動が自由になり、アーティストたちの表現活動が世界を動かす力となり、私たちの思想や暮らしの活力になっていました。クリエイティブな発想に芸術文化が花開く時代でした」とも。

芸術家が社会を変革することをドイツ生活で確信した若江夫妻は、そんな美術館を地元横須賀に誕生させたいと1994年に夢の美術館がオープンしたのです。

若江ご夫妻がこの美術館を運営しています

#4 私たちは皆アーティストである

美術館を築きたいと二人をかき立てたアーティストとはいったい誰だったのか。

巡り合ったのは、一人の作家のサインが記されただけの黒板消しでした。黒板消しには、作家自身の哲学が宿り、作家の歩んできた芸術への直向きな主張が宿っていたからでした。作品にこもる社会を変革する力と現代芸術の可能性を、若江夫妻は日本に伝えたいと、この作者の作品をコレクションしたのだそうです。

「あの頃のドイツは、日本同様の敗戦国で貧しかった。そんな中でヨーロッパの現代芸術の世界で注目を集めていた気鋭の作家がいたのでした」と語る若江氏。

第二次世界大戦に従軍し、のちに美術家に転身、ドローイングに彫刻、パフォーマンスと、幅広い表現でヨーロッパの芸術界に問題提起をしたドイツ人でした。彼の述べた「私たちは皆アーティストである」という言葉に深い感銘と衝撃を受けた若江夫妻は、迷わずに彼の作品収集を開始し、親交を深めていったのです。

生涯を通じて社会活動を行い、創造と行動によって社会を変革させる「社会彫刻」の概念を生み出したことで知られる作家。彼にとっては、この社会に生きるすべての人がアーティストであるという。若江夫妻もまた、現代芸術がそうあるべきだと確信し、教会のような開かれた美術館建設に夢はさらに大きく羽ばたくのでした。

黒板消しから始まったカスヤの森美術館

#5コロナ時代の現代芸術

東京湾を渡る風にあたり、青い空と海の世界から、横須賀市衣笠駅近くの住宅街に現れるとんがり屋根の美術館は、誰もが気軽に入れるまさに教会のようなエントランスです。常設されている作品は、現代美術の巨匠、ヨーゼフ・ボイス作品の数々。作品に込められるボイスの直向きなメッセージが、コロナ禍以後の日本社会にも深い思索を投げかけてくれます。

「ヨーゼフ・ボイス没後、前衛はその本質を見失い、単なるビックリアートに成り下がった」「話題性だけが優先する商業ベースの展覧会は、作家の意図や哲学を蹂躙し、ついにはアーティストがビックリアートだけを描こうとする。まるで場末のサーカスのピエロのような存在だ」と若江さんは語ります。。

現代美術家の若江さんが以前から取り組まれているのがマルセル・デュシャン研究です。ボイスの表現活動を省みる時、1964年にボイスがダダの巨匠デュシャンの活動を強く批判した根拠を探りたいという思いからでした。誰もが芸術家であるという芸術論に対峙するデュシャン芸術、デュシャンの「遺作」をモチーフに、若江さんが斬新にそのテーマを解説し「遺作」主役として表現し、鑑賞者に語りかけてくれます。

コロナの時代の大きな変化の中で「失った芸術のモラルを取り戻す絶好の機会であるとピエロと化したアーティストに気づいてもらいたい」とも語っていただきました。「現代芸術とは、一目でわかる美しいものではなく、その作品を根底に思考をめぐらし、鑑賞者の中で成立するモノだ」とも若江さんが語ります。

#6 語りかけるボイス作品

黒板消しから始まった美術館は、コロナ後の世界を予見したように今輝いています。貨幣は交換券としての価値。所得は「人間の基本的権利」とし「労働は原則的に他者のための労働となる」と定義し、資本主義的なお金がお金を生む社会構造について警鐘を鳴らしていたヨーゼフ・ボイスの作品。資本主義社会の矛盾を浮かび上がらせるコロナの問題を考える時、ヨーゼフ・ボイスの知見の深さに驚かされます。

ボイスの作品のモチーフは、彼の想い描く理想の社会構造でした。ロックダウンする世界で、再びヨーゼフ・ボイスの作品が脚光を浴びています。

「遺作」主役 若江漢字作品2020

#7 コロナ以後の美術館の未来

「黒板消しが教えてくれる未来、芸術鑑賞のあり方も大きく変わります。難しい・理解できないとも言われる現代美術の世界ですが、作品と対話することで気づかされるシンプルな疑問が、私たちを皆アーティストに生まれ変わらせてくれるのです」と語る若江さん。「アーティストの自分に出会えるチャンスが美術館にあります。自己を振り返ることから始まるコロナ後の社会に、生きることの本質を問う現代芸術に触れるクリエイティブな感性こそが、若さやエネルギーの源泉であることを感じさせてくれる」とも。コロナ時代の新たな生活様式は、私たちのアーティスティックな感性がどうやら問われているのではと感じる若江夫妻の情熱に励まされるひととき、旅の1ページに訪ねてみていただけたら、新たな自分が発見できるはずです。(文・総野文哉)

  カスヤの森現代美術館

  所在地 神奈川県横須賀市平作7-12-13

  連絡先 046-852-3030

  開館時間 10:00~18:00 (入館は、閉館30分前まで)

  閉館日 月曜日・火曜日・水曜日(※展示替えの週を除く)

 

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